設立は1926年9月1日。最初の社名はNothwest Airwaysで、1934年にNothwest Airlinesになりました。ライバルのUAは1926年4月6日設立ですから、ほぼ同時期に設立されたんですね。ちなみにUAはボーイング社の一部門として設立されたので、設立当初の社名はBoeing Air Transportでした。かつての宿敵であるPAN AMの設立は1927年ですからNWAやUAから遅れること1年ということですね。PAN AMも最初の社名はPan American Airwaysでしたが、その後、Pan American world Airwaysとなっています。
NWAはRed Tailと呼ばれる赤い垂直尾翼がトレードマーク。現代ほどハイテク技術が発達していない頃は、悪天候での着陸の際、他社のパイロットが”Follow the Red Tail”と言ってNWA機の後を付いていったそうです。悪天候でも赤い尾翼がよく目立つからということと、NWAのハブであるミネアポリスとデトロイトは天候が厳しい土地なので、NWA機のパイロットは悪天候での着陸なんて慣れっこだったっていうこと、また、そんなハブ空港でいつも着陸しているので、パイロットは天候を見極める技量が他社よりも長けていたということらしいです。かっこいい話じゃないですか。
オッさんと妻はオアフではASTON WAIKIKI BANYANを定宿としていました。WAIKIKIの中心部から少し離れていて静かだし、1 BED ROOMの部屋も間取り的に悪くないし、内装もコテコテしていないし、駐車場は安いし。ビーチサイドのオーシャンビューのホテルより、BANYANの方が落ち着くんですよねぇ。
その夫婦が1948年に2階建て14室のThe Royal Grove HotelをWaikikiに開業。(現在も同名の小さなホテルがあるのですが、そちらはオーナー家族が経営する6階建てのビルディングなので、当時のホテルと同じものとは思えません。ASTONとも関係ないようですので、どこかの段階で現在のオーナーが名前だけ貰ったのではないかと思われます。)きっとそのホテルの評判が良かったのでしょう。ハワイが米国の50番目の州となった1959年にCleghorn Apartment Hotelという4階建てのホテルを開業。CleghornというのはPrincess Kaiulaniのお父さんの名前から取ったそうです。
1968年にはHotel Corporation of the Pacificという会社組織になり、1969年には360室の大型ホテルであるPacific Beach Hotelを開業。そして、ASTONのお家芸とも言える「コンドミニアムでホテルのサービス」という形態を始めて導入したKuhiolani Hotelをオープンするなど、事業を拡大していきます。
1986年に社名をASTON Hotel and Resortsとします。オッさんがハワイに登場し始めたのはこの頃ですから、オッさんとしてASTONという名前に馴染みがあるのは当然ということです。
オッさんと妻の不満・嘆き・怒りに恐れをなしたのでしょうか?2009年に社名をASTON Hotel and Resortsに戻しました。HPには創業60年を機に「象徴的なASTONブランドを復活し、戦略的な事業再構築に努力します」なんて書いてくれちゃってます。BANYANを愛するあまりの怒りだったんで、わかってくれればいいんですよ。