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THE ADVENTURES OF GUMBY AND FRIENDS "RACER GUMBY" 1995




レーサー・ガンビーさんのプレイセットです。1995年製のTRENDMASTERS社製で、THE ADVENTURES OF GUMBY AND FRIENDSという数種類のプレイセットが発売されました。



オアフのトイザらスで大人買いした記憶があります。1995年と言えばオッさんも妻も20台。空のスーツケースを余分に1個持っていって、こんなものを買い漁ってましたねぇ。


ヘルメットを脱ぐとこんな感じです。





何故、レーサーかと言うと…



佐藤琢磨選手がインディ・カーの第3戦で優勝したっていうニュースが入ってきたからです。



第3戦はカルフォルニア州ロングビーチの3.2Km市街地コースを80周するんですって。市街地コースで開催となれば盛り上がるでしょうねぇ。



日本では鈴鹿や富士で開催される影響もあって、カーレースの最高峰と言えばF1選手権ですよね。F1とインディー・カーとの違いがわかりにくので、整理しておきましょう。



F1はフランスのパリに本部があるFIA(Fédération Internationale de I'Automobile)という団体の仕切りです。日本語にすると「国際自動車連盟」ちゅうことで、JAFのような各国の自動車連盟が加入する国際的な機関です。なんか正式名称がフランス語だとオシャレな感じがしますねぇ。





FIAの主催する数々のレースの中で、その最高峰がFIA Formula One World Championshipつまり、「F1選手権」ということです。1950年に英国のシルバーストーン・サーキットで開催されたのが始まりで、欧州を中心に広がり、現在では世界各国で年間20戦が開催されるようになりました。



開催地の後に「GP」と付ける名称ですので「モナコGP」とか「日本GP」とか聞いたことがあるんじゃないでしょうか?



一方、IndyCar Seriesは米国のインディアナ州インディアナポリスに本部があるIndyCarというオープン・ホイール・レースの統括組織が主催しています。オープン・ホイールとは「タイヤが剥き出しになった車」ということです。





国際的なレースの統括とは言ってますが、米国、カナダ、ブラジルくらいまでが普及の範囲みたいですね・・・。世界規模のFIAに対し北米のIndyCarという風に覚えておけば良いのではないでしょうか。



IndyCarの歴史まで書くとウンチクが長くなり妻に斜め読みされそうですからこれくらいにしておいて、続きは明日にでも書くことにしましょう。


©1995 TRENDMASTERS, INC.
CHINA

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Star Wars Kenner Green Card "Grand Moff Tarkin" 1997





STAR WARSよりターキン総督です。英語ではGRAND MOFF WIHUFF TARKIN。MOFFというのは帝国軍の「総督」でGRAND MOFFというのは超エライ総督ちゅうことです。



超エライというのはどのくらいエライのかと言うと、帝国軍では皇帝に次ぐナンバー2の地位。あのダース・ベイダーの上司なんです。劇中でもベイダーが威厳を保ちつつも従っているシーンが見られますね。



まぁ、ダース・ベイダーは皇帝とはツーツーカーカーの仲ですし、フォースも持ってますから心の中ではターキン総督の事を見下してたとは思いますけどね・・・。一説にはターキン総督の力を恐れた皇帝がダース・ベイダーに監視させてたって話もあるくらいですから。



顔の再現力は…まぁ雰囲気は出てるってことにしておきましょう。






実は今日、ターキン総督に出ていただいたのは、ターキン総督の側近であるモッティ提督(Adminal Conan Antonio Motti)を演じていたリチャード・ル・パルメンティエさんが先日、亡くなったというニュースを見たからです。



モッティ提督はSTAR WARS第1作となるエピソード4で、ダース・ベイダーのフォース・グリップによって吊るし上げられちゃった方で、STAR WARS好きなら誰でも知っている有名な方です。



ダース・ベイダーのフォース・グリップで命を奪われそうになりましたが、このターキン総督がダース・ベイダーを制し、一命を取りとめました。



残念ながらオッさんはモッティ提督のフィギアを持ってなかったので、縁の深いターキン総督にご出馬いただいたわけです。



話は変わりますが、米国から帰ってきた両親から土産を色々ともらいまして、その中にギラデリのチョコの新作"Milk & Hazelnut Crisp"が入ってたのでアップしておきましょう。



GHIRADELLIはサンフランシスコのチョコレートメーカー。スーパーでも売っている庶民的なブランドですが、お味がよろしいのでオッさんと妻も大好きなのです。



自分達が買ってくるのはベーシックなミルクチョコレートなのですが、今回は新作君とDark & Raspberry味の二種類をもらいました。まだ食べてないけど楽しみですねぇ。





太り過ぎないように1日1枚くらいで楽しむ事とします。



Kenner®

®&© 1997 HASBRO. INC.
All rights Reserved.
®,TM & © 1997 Lucasfilm Ltd
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MADE IN CHINA


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BIRDIE THE EARLY BIRD 1993





1993年のマック・バンドのハッピーセットの最後のお一人。ボーカルのバーディーさんです。英文名はBirdie the Early Birdと言って1980年に日本で言う「朝マック」が登場した際、そのキャラクターとして登場しました。



このバンドで言えば、ロナルドさんの登場が1963年、ハンバーグラーさんとグリマスさんの登場っが1971年ですから、最も後に登場したキャラクターということですね。



全員集合の記念写真を撮っておきましょう。





さてさて、ハンバーガーの起源説の続きを書きましょう。いったい、誰が初めてタルタルステーキを焼いたのか?



ドイツにはDeutsches Beef SteakとかFrikadelleとか呼ばれるタルタルバーガーに火を通した食べ物があるようです。ではやっぱりタルタルステーキを焼いたのはドイツ人か?と思いますが、それでは話が面白くありません。



大体、自国発の食べ物をわざわざ「ドイツのビーフステーキ」なんて呼びますかね?Froladelleで検索しても、なんかハンバーグというよりもミートボールをつぶしたような食べ物がひっかかります。よってオッさんはこの説には懐疑的です。



オッさんの好きな説は「アメリカ移住時にやむなく焼いた説」です。



18世紀から20世紀は新大陸アメリカに多くのドイツ系移民が移住しました。独立戦争前のイングランド、アイルランド系移民とは違い、1776年の米国独立後にどっと移民したというのがドイツ系です。



ちなみに米国移民は移民した時期によって次の通り分類されるそうです。

入植・植民地時代(17-18世紀) イギリス・北アイルランド・オランダ人が中心
旧移民(~1880年)         ドイツ・イギリス・スカンジナビア・南アイルランド人などが中心
新移民(~第二次世界大戦)   イタリア・ユダヤ・スラブ人などが中心
新移民(戦後~)           アジア・ラテンアメリカ・各地の難民など



1790年の統計によるランキングではイギリス系60%、アイルランド系8%、ドイツ系7%、スコットランド系7%、オランダ系3%となっていますが、旧移民時代に大量にドイツ系移民が増えた結果、1870年の統計では、ドイツ系30%、アイルランド系28%、イギリス系19%、スカンジナビア諸国4%と多数派となったようです。



話がそれましたがハンバーガーの話です。そのドイツ系の方々が長い船旅を経て北米大陸に向かうのですが、冷蔵庫の無い時代、生肉のタルタルステーキを持ち込む事はできません。



でもタルタルステーキを諦めきれないハンブルグ出身の方々は、「生がだめなら焼いてみちゃえ!」と言って焼いてみたんです。



それがハンバーグとして移民とともにアメリカに上陸したちゅう説です。「焼いてでもいいからタルタルステーキを食べながら旅をしたい!」というハンブルグっ子の拘りが伝わってきますよね。だからオッさんはこちらの説の方を信じる事にしました。



生肉タルタルステーキ → 焼いたハンバーグステーキ という歴史はこんな感じで、1891年にはハンバーグステーキと明記した文献も出ているようです。



そして最後の「誰がバンスにはさんだか?」ですが、これは「我こそはハンバーガーの発明者」という名の名乗りが多く、どれが本当かはわかりません・・・。



1904年のセントルイス万博でハンバーグのサンドイッチを「ハンバーガー」として売っていたという説、1900年にコネチカット州の食堂で開発されたという説、1885年にウィスコンシン州の方が開発したという説・・・



ここまで書いておいて何ですが、誰が発明したかなんてどうでも良いっすかね?美味しいんだから!あぁIN-N-OUTのダブルダブルが食べたくなってきた・・・





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THE HAMBURGLAR PLAY DRUMS 1993

ここまで来たら1993年のマック・バンド・バージョンのハッピーセットを全部出しちゃいましょう。今日はドラムス担当のハンバーグラーさん。




ハンバーグラーさんはオッさんブログで二回目の登場となります。ハンバーグラーさんが何者かは前回、書きましたので、今日はハンバーガーそのものを調べてみたいとおもいます。



ハワイ好き、北米旅行好きなオッさんはハンバーガーが大好きです。もちろん、米国に行ってまで日本に上陸しているマクドナルドやバーガーキングに行くわけがないですから、最近はIN-N-OUTやFIVE GUYSなんかに通ってます。北米で行った両店の写真でも載せておきますかね。







ファストフードも良いですが、レストランで出てくる大きなハンバーガーもいいですねぇ。ケチャップとマスタードをたっぷりかけて・・・・・まぁデブデブになんない程度に楽しんでいます。



その米国を代表する料理?ハンバーガーですが起源については諸説あるようです。その中でもオッさんが信じているのが「タルタルステーキハンブルグ風が海を渡り米国へ」という説です。



タルタルステーキは牛肉や馬肉の生挽肉をオリーブオイル・塩・コショウでシンプルに味付けし、玉ねぎやニンニク、ケッパーとかピクルスのみじん切りと混ぜて最後に卵黄をちょこっと乗っけた食べ物です。まぁ限りなくユッケに近いんじゃないでしょうか?



タルタルというのは東ヨーロッパの人々がモンゴル帝国の遊牧民を「タタール人」と呼んでいたのが語源です。後に「タルタル人」と変化し、中央アジアのモンゴル系を中心とした幅広い民族の総称として20世紀まで使われていました。ですからタルタルステーキは「タルタル人のステーキ」という意味なんですね。



ちなみにタルタルソースとは「タルタルステーキにかけるソース」という意味です。



モンゴルのタタール人は、硬い馬肉を遠征時に食べるために生肉を細かく刻んで食べる事を編み出したのですが、欧州では馬肉は食べないので牛肉で作るようになりました。オリーブオイルやその他の具材を薬味として入れるのもきっと欧州でしょうね。モンゴルから東側に伝わったって変化したのがやはり、ユッケなんだそうです。



13世紀にはモンゴルが欧州へ攻め入ります。その時の置き土産でしょう。欧州でも一般的に食べられるようになったそうですが、中でもドイツのハンブルクでは、労働者向けの食事としてこのタルタルステーキが大人気。「ハンブルクのステーキ」だから「ハンバーグ・ステーキ」となるわけです。



ハンバーガーの起源は諸説あると書きましたが、パテの起源は「タルタルステーキ説」で間違いなさそうです。諸説に分かれるのは「誰が初めて焼いたのか」という事と「誰があのバンス(パン)にはさむ事にしたのか」です。続きは次回にでも書くことにしましょう。



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THE GRIMACE PLAY SAXOPHONE 1993

昨日、ロナルドさんに出てもらいましたので、同じく1993年のハッピーセットよりグリマスさんに出ていただくこととしました。オッさんのブログには初登場ですね。





英語ではThe Grimaceと言います。マックシェイクのキャラクターとして1971年に登場しましたが、当時のグリマスさんは何と腕が4本!!



4本の腕でハンバーガーやらマックシェイクやらを欲張って掴みまくるっていうキャラでしたが、1974年には現在のように2本腕と変身しちゃいました。



4本腕の時代は1971年から1973年の3年間だけですから、その当時のグッズはレアっちゅうことになります。オッさんもまだ見かけた事はありません。



GRIMACEって画像検索すると面白いですよ。もちろんグリマスさんも出てきますが、変な顔をした外人が大量に出てきます。



辞書では「しかめっ面、顔のゆがみ、歯をむき出した恐怖の表情」とかってありますけど、幅広い意味で言えば「変顔」ちゅうことでしょうな。



グリマスさんの大好きなマックシェイク。初めて飲んだ時は感動しましたねぇ。オッさんはその衝撃を今でも覚えています。



藤田田さんが日本にマクドナルドを持ち込んで1号店を出店したのが1971年。オッさんが4歳の頃です。その後、当時オッさんが住んでいた二子玉川にもマクドナルドが来ました。オッさんが小学校低学年の頃ではなかったでしょうか・・・。



CMかなんかでマックシェイクの存在を知っていた子供のオッさんはマックシェイクを飲みたくてたまりません。しかし母親は子供に得たいの知れないジャンクフードなど気軽に買ってはくれません。



そんな駄々をこねる息子と、適当にあしらう母親の戦いが続いていたある日、ついに母が折れて、3つ上の姉と二人で1つならという決着をみました。



母はお金を姉に託し、姉と弟はテクテクとマクドナルドへ。そして憧れのマックシェイクを手に入れたのでした。帰り道で姉と取り合いながらマックシェイクを飲んだ事ははっきり覚えてますね。



やはり長い戦いの末に勝ち取った事というのは、どんなに昔のことでも覚えているものなのでしょう。やすやすと手に入れた物の記憶なんて残ってないですからね。



姉ちゃん覚えてるかな?覚えてないだろうなぁ・・・。


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